結論
賃上げ促進税制と補助金の賃上げ要件は、同じ昇給で両方を満たすことができます。ただし物差しが違います。税制は「会社全体の給与総額の前年比」、新事業進出・ものづくり補助金は「一人当たり給与支給総額の年平均成長率」と「事業場内最低賃金」で判定します。計画の段階で両方の数字を同じ表で管理するのが近道です。
設備投資の補助金では、ほぼ必ず賃上げの約束がつきます。一方で、賃上げをすると法人税が軽くなる税制もあります。どちらも「給与を上げる」話なので、同じものだと思われがちです。
実際には、対象となる人、比べる期間、判定の方法が違います。片方だけ見て計画を立てると、税制は使えたのに補助金は未達、ということが起こります。
2つの制度は、何で判定するか
中小企業向けの賃上げ促進税制と、新事業進出・ものづくり商業サービス補助金(第1回公募)の賃上げ要件を並べると、次のとおりです。
| 賃上げ促進税制(中小企業向け) | 新事業進出・ものづくり補助金 | |
|---|---|---|
| 見る数字 | 雇用者給与等支給額(会社全体の総額) | 一人当たり給与支給総額 |
| 比べ方 | 前の事業年度との比較(単年度) | 基準年度から最終年度までの年平均成長率(複利) |
| 基準となる水準 | +1.5%以上(+2.5%以上で控除率が上がる) | 年平均+3.5%以上(賃上げ特例は+6.0%以上) |
| 最低賃金 | 要件なし | 毎年、地域別最低賃金+30円以上(特例は+50円以上) |
| 結果 | 法人税額から差し引く(税額控除) | 未達なら補助金の返還 |
| 手続き | 確定申告書に明細書を添付 | 事業化状況報告で決算書・賃金台帳を提出 |
補助金の「給与支給総額」は、給料・賃金・賞与を含み、役員報酬・福利厚生費・法定福利費・退職金を除くと定められています。税制側の「雇用者給与等支給額」も、対象となる人や給与の範囲が税法で決まっています。名前が似ていても、同じ数字にはなりません。
税制の側:前年より増えた額に、最大で何%か
国税庁の案内では、中小企業者等(基本的に資本金1億円以下の法人)で青色申告をしている会社が対象です。令和9年3月31日までに開始する事業年度に適用できます。
| 要件 | 控除率 |
|---|---|
| 雇用者給与等支給額が前年度比+1.5%以上 | 15% |
| 同じく+2.5%以上 | 30%(15ポイント加算) |
| くるみん・えるぼし等の認定を受けている | さらに5ポイント加算 |
| 教育訓練費の上乗せ | 令和8年4月1日以後に開始する事業年度は適用不可 |
控除できる額は、その年度の法人税額の20%が上限です。控除しきれなかった額は、一定の条件のもとで5年間繰り越せると案内されています。
令和8年度の税制改正では、中小企業向けは教育訓練費の上乗せが廃止されたほかは、現行の制度が維持されました。令和9年4月以降に始まる事業年度の扱いは、今後の税制改正で確かめる必要があります。
補助金の側:一人当たりで、数年かけて見る
新事業進出・ものづくり補助金の第1回公募要領では、補助事業終了後3〜5年の計画期間で、一人当たり給与支給総額を年平均3.5%以上増やすことが求められています。比べる起点は、補助事業の実施期間が終わる時点を含む事業年度です。
目標値は応募時に自社で決め、交付申請までに全従業員または従業員代表者に表明します。表明していなかった場合は、交付決定の取消しと全額返還とされています。
| 未達のとき | 返還の考え方(公募要領より) |
|---|---|
| 一人当たり給与支給総額の目標に届かない | 補助金額 ×(1 − 実績の年平均成長率 ÷ 目標値) |
| 年平均成長率がゼロまたはマイナス | 全額返還 |
| 事業場内最低賃金が基準に届かない年がある | 補助金額 ÷ 計画年数(その年ごと) |
付加価値額が増えておらず、かつ営業利益が赤字の場合や、天災など事業者の責めによらない理由がある場合は、返還を求めないとされています。賃上げ特例を使った場合は、未達のとき上限引上げ分の全額返還も加わります。
同じ昇給でも、結果が分かれる3つの場面
- 人を増やしたとき:税制は総額で見るので有利に働きます。補助金は一人当たりで見るため、採用した人の給与が平均より低いと伸びが鈍ることがあります
- 一度に大きく上げて、翌年は据え置いたとき:税制は上げた年しか使えません。補助金は最終年度までの年平均なので、上げ方の順序より到達点が問われます
- パートの時給だけ据え置いたとき:総額や平均は伸びても、事業場内最低賃金の+30円を割ると、補助金はその年の分の返還対象になります
補助金の一人当たりの計算では、その年度に全月分の給与を受けた従業員だけを数えます。パートタイムの人は、正社員の就業時間に換算して人数を出します。中途採用が多い会社ほど、税制と補助金の数字は離れやすくなります。
審査では、応募直近の事業年度から基準年度までの「足下の賃上げ」も評価されます。物価上昇率を上回る程度の賃上げがない場合は、審査で大幅に不利になると案内されています。補助事業が終わるのを待ってから上げる計画は、通りにくくなっています。
両方を満たす計画の組み方
一人当たり給与支給総額を年平均3.5%伸ばす計画は、人数が大きく減らない限り、会社全体の総額も毎年増えていく計画になります。毎年少しずつ確実に上げる形にすれば、税制を毎年使える可能性が高くなります。
- 補助金の基準年度と、税制の各事業年度を同じ表に並べる
- 毎年の一人当たり給与と総額を、両方の定義で試算する(役員報酬・法定福利費は補助金側から外す)
- 採用予定がある年は、一人当たりの伸びが落ちないかを先に確かめる
- パート・アルバイトを含め、毎年の最低賃金改定後に+30円を満たすかを確かめる
- 税額控除の試算と申告の可否は、顧問税理士に確認する
たとえば一人当たり年400万円の会社が年平均3.5%を5年続けると、5年後は約475万円になります。この水準まで上げる原資を、補助事業の付加価値の伸びでどう作るかが、事業計画の中心になります。
また、補助金では一般事業主行動計画の策定・公表が必須です。くるみん認定もこの行動計画を土台にした制度で、認定を受けると税制の5ポイント加算と、補助金の加点の両方に関わります。
第1回公募の締切は10月30日
新事業進出・ものづくり補助金の第1回公募は、2026年10月30日(金)18:00が申請締切です。賃上げの目標値は応募時に入力するため、締切までに上の表をつくっておく必要があります。
すでに採択・交付決定を受けている会社は、事業化状況報告のたびに賃金台帳で確認されます。税制の申告と同じ時期に、補助金側の数字も点検しておくと安心です。賃上げ計画の整理だけのご相談も承っています。費用はご相談時にお伝えします。
関連ページ:補助金と税制/最低賃金の改定で、補助金の「+30円」はいくらになるか/新事業進出・ものづくり商業サービス補助金
出典
- No.5927-2 給与等の支給額が増加した場合の法人税額の特別控除(中小企業者等における賃上げ促進税制)(国税庁)
- 令和8年度 法人税関係法令の改正の概要「賃上げ促進税制の見直し」(国税庁)
- 新事業進出・ものづくり商業サービス補助金 公募要領(第1回)(中小企業基盤整備機構)
- 中小企業向け「賃上げ促進税制」(中小企業庁)
制度の内容・金額・締切は変更されることがあります。申請前に必ず最新の公募要領をご確認ください。